東京高等裁判所 昭和33年(ネ)740号 判決 1959年4月30日
控訴人 被告 東京法務局長 斉藤二郎
指定代理人 館忠彦 外一名
被控訴人 原告 飯田芳江
訴訟代理人 川上隆 外一名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、すべて原判決事実摘示(添付目録をふくむ。)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
被控訴人が昭和三〇年五月二日訴外島田重寿より金一二〇万円を弁済期は昭和三〇年一一月末日、利息は年一割五分にて借受け、その債務を担保するため被控訴人はその所有に係る東京都豊島区池袋二丁目一、〇二六番地所在木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二八坪九合二階二九坪三合六勺に抵当権を設定し且つ弁済期にその債務を完済しないときは、代物弁済として右建物を同訴外人に譲渡し且つその登記をなすべき旨約し同日右訴外人と被控訴人は東京法務局所属公証人保持道信をして、債権者島田重寿債務者飯田芳江(被控訴人)とする右と同旨の金銭消費貸借公正証書(昭和三〇年第四〇二号)を作成せしめたところ、同訴外人が右公正証書に基き被控訴人に対する強制執行のための執行文の付与を受け、これをもつて登記原因を証する書面として、単独に、右建物につき代物弁済による所有権移転登記を東京法務局板橋出張所に申請したところ、同出張所登記官吏は、これを昭和三〇年八月二三日受付第二〇四三九号で受理し、島田重寿のため右建物につきその旨の登記をなしたこと、ここにおいて被控訴人は、右板橋出張所登記官吏のなした右登記は、公正証書中の代物弁済による所有権移転及びその登記をなすべき旨の記載をもつて不動産登記法第二七条にいう判決と同一視し、すなわち訴外島田のみ単独の申請に基いて行つた点において違法な処分であるとして、控訴人に対し不動産登記法第一五〇条に基き異議の申立をなし、その登記の抹消を求めたところ、控訴人は、昭和三〇年一二月一五日前記事実関係を認めながら、「不動産登記法第一五〇条により異議申立の認められるのは、同法第四九条一号二号に規定する場合にのみに限られる。しかるに本件の場合は同法第四九条三号四号八号に該当するに止るから、一旦登記を終えた以上は異議の方法による抹消請求は許されない。」との理由で、被控訴人の異議の申立を棄却する旨の決定をなし、同月一七日右決定が被控訴人に送達されたことは当事者間に争のないところである。
そして島田重寿のした右所有権移転登記申請を右出張所登記官吏において却下すべきものであつたことは論を俟たないところである。この点につき被控訴人はかくの如き場合には、同法第一五〇条以下に規定された異議の申立をなすことによつて登記の抹消を求め得るものであると主張する。しかし要件を具備しない登記申請を登記官吏において却下すべきこととかかる登記申請を登記官吏が誤つて受理しこれを登記したとき、その登記を無効として、抹消すべきこととは別個の問題に属する。
仍つて考えるに登記が有効なるためにはそれがその登記所の管轄に属する事件について行われたこと(不動産登記法第四九条第一号)、及び登記した事項が不動産登記法自体の要請よりして又は実体法よりして、登記すべき事項であること(同法同条第二号)を必要としこれらの要件を欠く場合には登記申請の瑕疵は本質的であつて治癒し得ないものであり、かかる場合若し登記されてもその登記は法律上当然無効というべきである。そして更に登記のために当事者の申請を必要とすべき場合において何等形式上申請なきに拘らず登記されたときは、その登記もまた当然無効と解すべきである。問題となるのは本件の如き場合、形式上登記申請自体を欠くものとしてその登記を無効とすべきか否かである。一体登記申請につき登記権利者及び登記義務者双方よりの共同申請を原則としたのは登記の真正を保持せしめるために外ならないから、共同申請によらなくともその真正を保持し得るものと認める場合について、法は単独の申請を認めるのである(不動産登記法第二七条)。そして本件の場合は本来登記権利者及び登記義務者の共同申請によるべきであつたに拘らず、登記官吏が誤つて登記権利者のみの単独申請によつて、代物弁済による所有権移転登記をしたのであつて、そのことは明かに違法であるが、しかしこの場合登記権利者よりの申請があつて登記の行われた以上、それは何等当事者よりの申請がなされなかつたのに登記の行われた場合と全く趣を異にする。そして前述したところの登記の当然無効な場合を除き、その他の場合においては、たとえ申請手続に瑕疵があつたにせよ、一旦登記官吏がそれを受理して登記を完了した以上はその登記は必ずしも無効と目すべきものではない。何となれば苟もその登記が実体的権利関係と合致して真実の権利者を登記簿上に表示する場合においては、その登記はもはや無効でなく、その申請の瑕疵はこれを攻撃し得ないからである。いわば申請の瑕疵は治癒されるのである。ただ瑕疵ある登記申請に基いてなされた登記が、実体的の権利関係に合致しない場合においてのみ、その抹消の問題を生ずるのである。
しかしながら登記官吏は登記申請に当り形式的審査権を有するものであるが、申請手続に瑕疵あるにせよ、一旦登記されたときは登記後の現在において、その登記が果して実体的権利関係に合致するか否かについてもはや審査の権限を有し得ないものである。従つて若し利害関係人の間に、その登記が実体的権利関係に合致しないとて争を生じこれを理由としてその抹消を求めようとするときは、訴を提起して裁判所の判断を仰ぐ以外に解決の方法はないのである。換言すれば前述の登記の当然無効の場合を除き、一旦登記のなされた以上、たとえ申請手続に瑕疵があつたにせよ、その審査は全く登記官吏の権限外のこととなるのである。従つてこの場合もはや不動産登記法第一五〇条以下に規定する登記官吏の処分に対する異議を申立て得ないのである。かく解するとき、不動産登記法に規定するこの異議は、前述したところの登記の当然無効の場合においてのみ申立て、得るに止るものといわざるを得ない。果して然らば本件の場合、申請手続に瑕疵あるにせよ、右法条による異議の許されないことは、明かである。
叙上の理由により、被控訴人の本件請求は許し得ないから、これを認容した原判決は失当として取消すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九六条を適用して、主文の如く判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 猪俣幸一 裁判官 沖野威)